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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)5386号 判決

原告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士 石葉泰久

被告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 鈴木一郎

同 錦織淳

同 浅野憲一

同 山岡正明

同 高橋耕

同 笠井治

同 佐藤博史

同 黒田純吉

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物を明け渡せ。

二  被告は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去してその敷地部分を明け渡せ。

三  被告は原告に対し、金一万一七五〇円及びこれに対する昭和五五年七月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員並びに同五四年一二月一日から同五五年三月三一日まで一か月金五一七〇円、同年四月一日から同年六月三〇日まで一か月金四九三〇円、同年七月一日から同年一一月三〇日まで一か月金九二四〇円、同年一二月一日から別紙物件目録(一)記載の建物の明渡ずみに至るまで一か月金七七〇〇円の割合による各金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨 主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、公営住宅法二五条一項、東京都営住宅条例(昭和二六年条例第一一二号)三条に基づき、被告甲野花子に対し、昭和二九年九月一九日、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)を使用させた。

(二) 被告は、本件建物に別紙物件目録(二)記載の建物を増築し、原告所有の本件建物の敷地を占有している。

2  原告は、昭和五四年五月二八日、原告係員を被告宅に赴かせて、被告に対し、同条例二〇条一項六号に基づき、同年一一月三〇日限り本件建物の使用許可を取り消すのでこれを明け渡すよう請求する旨記載した書面を手渡すとともに、口頭で同旨を通告した。

3  本件建物の使用許可の取消しには、次のとおり東京都営住宅条例二〇条一項六号所定の「都営住宅の管理上の必要」がある。

(一) 都営住宅建替の必要性

既設都営住宅は建設後の年数の経過により老朽化してきており、特に昭和三五年度までに建設された木造都営住宅の大半は老朽化が甚だしく、その維持管理に多大の経費を要する状況にある。

しかも、これらの木造都営住宅は、現在では既成の市街地の中心部というべき地域に存するものが多く、居住環境の整備・改善、住宅市街地の防災対策の向上、職住近接の確保、土地の合理的かつ高度な利用等都市開発の適地となっている。

一方、都営住宅の必要性は、いささかも減少しておらず、特に既成市街地における需要は職住近接の要求等から極めて高い。例えば、昭和五四年一〇月の新築都営住宅の場合、第一種住宅の平均応募倍率は二七倍(最高三一二倍)、第二種住宅の平均応募倍率は五九倍(最高七一倍)という驚くべき倍率である。そこで、原告は昭和五一年度から第三期住宅建設五か年計画を策定し、同年度から同五五年度までの全体計画として四万三〇〇〇戸の建設計画を決定したが、右建設計画の半分は、木造都営住宅の建替事業によって計画遂行を図ることとしている。

右のように、公営住宅の必要性の高い既成市街地において、老朽化した既設木造都営住宅を、中高層の鉄筋住宅に建て替えることは、既成市街地の内部において都営住宅の供給量を増加させ、住宅地再開発を推進でき、用地取得に要する費用・労力を低減して都市経営の合理化が確保しうるなど、多大の利点があり、近代的中高層公営住宅の供給促進、居住環境の整備及び大都市における都市の不燃化・防災化に貢献することになる。

(二) 本件建物建替の必要性

本件建物を含む都営旭町住宅は、昭和二八年に建築された木造平家住宅であり、すでに耐用年数(二〇年)を経過し、老朽化の程度も著しく、その機能も低下してきたので、原告は、土地の効率的利用、建物の不燃化及び居住環境整備の見地から、都営旭町住宅を、昭和四六年一〇月二七日、建替住宅とすることに決定した。

右建替計画の実施により、都営旭町住宅は、居住面積も増加し、空地には小公園が設置され、建物は鉄筋となるため不燃化される。このように、都営旭町住宅の居住環境は格段に整備され、住宅戸数も増加するのである。

(三) 被告との明渡交渉

原告は、都営旭町住宅の建替について、都政の基本的指針であった「話合いによる行政」の一環として可能な限り強制的方法を避け、住民との話合いによって都営住宅建替問題を解決することとし、昭和四六年一〇月二七日に第一回、同年一一月二一日に第二回の、入居者全員を対象とする各説明会を開催し、更に入居者各人と個別に面談を重ねて建替事業の説明を行い、入居者に対して必要な代替住宅の提供、移転費の提供等をなして、数年間にわたる折衝を続けたが、被告は、本件建物及びその敷地の払下げを要求して移転を拒否したため、話し合いはつかなかった。

なお、都営旭町住宅の入居者のうち被告を除く一〇戸の居住者は、原告の協力要請を受け入れて明渡しを承諾した。

4  仮に、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づく本件建物の明渡請求が認められないとしても、被告に対してなした本件使用許可の取消しは、実質的には借家法一条の二の解約申入れである。そして、本件建物の建替は、前記3で主張したような事情から、老朽化した住宅を整理して土地の高度利用を図り、低廉な住宅供給をするためになされるという極めて公共性の高いものであり、原告は本件建物の使用者である被告に対し、代替住宅の提供、移転協力金の提示、家賃スライド制の提示等できる限り被告の便宜を図ってきたものであるから、右解約申入れには正当な事由がある。

したがって、原告と被告の本件建物の使用関係は、明渡請求から六か月を経過したときに終了するものであり、昭和五四年一一月三〇日に終了したものである。

5  本件建物の使用料納入期日は毎月末日限りと定められているところ、昭和五一年一二月分規定使用料金四七〇〇円並びに同五四年一一月分の規定使用料及び付加使用料合計金七〇五〇円についてはその納入期日を経過した。

また、右建物の相当賃料額は、昭和五四年一二月一日から同五五年三月三一日までは一か月金五一七〇円、同年四月一日から同年六月三〇日までは一か月金四九三〇円、同年七月一日から同年一一月三〇日までは一か月金九二四〇円、同年一二月一日以降は一か月金七七〇〇円である。

なお、本件建物の使用料は従来、月額金七〇五〇円(規定使用料月額金四七〇〇円、付加使用料月額金二三五〇円)であったが、その後昭和五四年一二月一日以降付加使用料は収入変更に伴う適用付加率変更により月額金四七〇円に変更され、同五五年四月一日以降、付加使用料は公営住宅法施行令の一部改正により月額金二三〇円に変更され、同年七月一日以降、規定使用料は月額金七七〇〇円に、付加使用料は月額金一五四〇円にそれぞれ変更され、更に、昭和五五年一二月一日以降、付加使用料は被告の収入が収入超過基準を下回ったため零となったものである(別表記載のとおり。)。

6  よって、原告は、被告に対し、本件建物につき、主位的に東京都営住宅条例二〇条一項六号による使用許可の取消しを、予備的に借家法一条の二による解約申入れを、それぞれ原因とする使用関係の終了に基づき、右建物の明渡しを求め、更に、同条例一八条二項に基づき、別紙物件目録(二)記載の建物をそれぞれ収去してその敷地部分の明渡しを求めるとともに、前記5記載の賃料相当損害金並びに滞納賃料金一万一七五〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五五年七月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)(二)の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3のうち、(三)記載の原告がその主張の日に第一回及び第二回の各説明会を開催したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

4  同4の事実及び主張は争う。

5  同5のうち、本件建物の使用料が従来(昭和五四年一一月三〇日以前)、月額金七〇五〇円(規定使用料月額金四七〇〇円、付加使用料月額金二三五〇円)であること、右建物の使用料納入期限が毎月末日と定められていること、は認めるがその余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  公営住宅法所定の手続によらない建替事業に伴う明渡請求の違法性

建替事業に伴う明渡請求は、公営住宅法所定の手続によらない限り違法である。

すなわち、公営住宅法は公営住宅建替事業が土地の効率的利用等の目的にそった、適法であるための要件を、同法二三条の四をもって規定し、入居者に対する明渡請求をするには同法二三条の六ないし一〇所定の手続を履践する必要があるとしている。同法は、入居者に対して論理必然的に明渡義務を発生させる建替事業が、合理性・必然性を有すべき担保として所定の内容的・手続的要件を充足することを要求しているのであり、このような場合にのみ、当該建替事業とこれに伴う明渡請求に公共性を認め、適法性を付与している。

したがって、右各要件を充足しない建替事業及びこれに伴う明渡請求は、他に根拠がない限り、公営住宅法に違反し違法である。

2  東京都営住宅条例二〇条一項六号の無効性

東京都営住宅条例二〇条一項六号は、「管理上必要があると認めたとき」を明渡事由としているが、これは公営住宅法・借家法に規定されていない独自の明渡事由を創設したもので、公営住宅法による委任の範囲を逸脱し、借家法六条に違反して無効である。

すなわち、管理上必要があるとは具体的に何を意味するかは必ずしも明瞭でなく、その基準が具体的に決められるとしても、家主の側の一方的決定に基づいて明渡しを請求されるというのでは、入居者の地位は著しく不安定なものとなる。このような明渡事由は、借家法・公営住宅法のいかなる規定にも根拠を有するものではなく、無効である。

3  仮に東京都営住宅条例二〇条一項六号が直ちに無効であるとまではいえないとしても、本件建替事業に伴う明渡請求は同号にいう「管理上必要がある」場合に該当しない。

すなわち、同条例が委任条例として適法とされるには、同号にいう「管理」の意味は公営住宅法にいう「管理」概念に従うべきであるところ、公営住宅法は、第三章「公営住宅の管理」において、家賃等に関する債権管理、修繕・保管等の物的管理、賃貸借関係を生ぜしめる前提としての入居者の選考、右管理関係上必要なものとして列挙された明渡請求及び収入超過等に関して規定し、また、同法二条七号は、「公営住宅の供給」を「公営住宅の建設及び管理をすることをいう」として、「管理」と「建設」を分別して、その分別に従って第三章「公営住宅の管理」の前に第二章「公営住宅の建設」を置いているのである。そして、「建替事業」は、「建設」の要素を含みつつも、既存の入居者に対する特別の配慮を要し、かつその施行に当たっては既存住宅を「除去」するに足りる強い「公共性」が必要であることから、同法は第三章の二をもって「公営住宅建替事業」につき規定しており、「建替事業」が「建設」及び「管理」と峻別された概念であることが明らかである。更に公営住宅を「除却」する場合にはその「用途廃止」をしなければならないが、この「用途廃止」自体、「管理」継続が「不適当であると認め」られる場合でなければならない(同法二四条三項)から、「除却」が「管理」に包摂されない概念であることもいうまでもない。

以上のとおり、公営住宅法にいう「管理」とは、同法第三章に規定された当該住宅に関する債権管理、物品管理及びこれらに起因する一定の準則違反を理由とする明渡請求権の行使その他をいうのであって、公営住宅の「建設」や、当該住宅の「除却」と新住宅の「建設」とを包含する「建替」とは異なる概念である。

したがって、東京都営住宅条例二〇条一項六号にいう「管理」も、右のような公営住宅法の定めた「管理」概念をうけたものであり、しかも同号が何ら帰責事由のない入居者に不利益を課しうることからすれば、同号の「管理」概念は厳密に公営住宅法所定の趣旨に限定されるべきであり、原告主張の建替の必要性は同号の「管理上必要がある」場合に該当しない。

仮に、本件のような建替事業に伴う明渡請求を同号にいう「管理上必要がある」場合に該当するとした場合には、解釈上の不整合をきたす。例えば、東京都営住宅条例一九条の一〇は、建替事業に伴う明渡猶予期間を「六月」以上と定め、公営住宅法二三条の六第二項の「三月」以上との規定を入居者に利益な定めにしている。ところが、同条例二〇条一項六号によれば、同条二項により即時明渡義務が生じ、しかも入居者は都営住宅の使用関係に伴うなんらの請求権も行使できないことになる。これでは、公営住宅法の要件を具備せず、その意味で公共性に乏しい「任意建替」の場合に、同法所定の建替の場合よりも入居者に対し多大の不利益を被らせる結果となり、その不合理性は明白である。要するに、公営住宅法及び東京都営住宅条例は、その規定の構造及び形式上、建替事業に伴う明渡請求に同条例二〇条一項六号の適用を予想しておらず、同号所定の「管理上の必要がある」場合には本件のごとき建替事業に伴う明渡請求を含まないものというべきである。

4  借家法一条の二による解約申入れの違法性

公営住宅法第三章の二は、事業主体に建替事業の施行に当たって順守すべき規範を課したもので、同章の要件を満たさない建替事業を居住者の同意なしに遂行することは、居住者保護の観点から許されず、その限りで同章は民法・借家法の特則となる。したがって、特則により厳格な要件が規定された以上、そのような規制をうけない借家法一条の二による解約申入れは違法である。

5  管理上の必要ないし正当事由の欠如

以下に述べる事情によると、原告の明渡請求は、東京都営住宅条例二〇条一項六号の「管理上の必要」ないし借家法一条の二の「正当事由」を欠くことは明らかである。

(一) 当初、原告から被告に対し、本件建物の建替により、戸数は一二戸から二四戸に倍増される旨の説明がなされていたが、その後計画変更により建替戸数は一五戸に減少しており、世帯分離によりこれまで一戸借りていた入居者が二世帯となって二戸借りることがあることを考慮すると、実質的には一般都民のための建替による戸数増はない。また、建替戸数の変更は、計画の重大な変更であるのに被告を含め、入居者らに説明をしたり、納得をさせるよう努めた形跡がない。

(二) 原告の遂行しようとしている都営住宅の建替は、公共性がないうえ、原告及び国の住宅・土地政策の貧困と失敗を公営住宅入居者に一方的にしわ寄せしようとするものである。とりわけ、原告は、これまで住宅の大量建替を怠り続けたにもかかわらず、用地取得難、住宅困窮者の存在を理由に建替の公共性を主張し、かつて、原告が分譲を保証した居住者らに明渡しを迫ることは背信的である。

(三) 本件建物は、今後十分な耐用年数を有しており、老朽化しているとはいえないし、防災上からも環境上からもなんら建て替える必要性はない。しかも、原告は本件都営住宅については、全く修理・修繕をしていないから、住宅の維持管理に多大の経費を要するということはない。

(四) 既存の木造・簡易耐火公営住宅をすべて中高層化するとの方針は著しく合理性を欠く。住宅を中高層化することの弊害は常識化しつつあり、イギリスでは公営の高層住宅の建設は完全に中止されているが、これも、住宅環境としての中高層化住宅が居住者に及ぼす精神上及び健康上の悪影響が明らかになってきたからにほかならない。住宅政策は量から質の時代に入っており、単なる戸数増のための中高層化は否定され、代って住環境とコミュニケーションに力点を置いたテラスハウス等の方式が評価されてきている。したがって、原告の全面的画一的中高層化構想は、何の合理性もない官僚の一方的かつ独善的産物にすぎず、本件建物を中高層化する利点はどこにもない。

(五) 被告の本件建物への居住の必要性については、行政を信じ、三〇年も慣れ親しんで本件建物の中で生き、人生を終えたいという被告の切々たる訴えに加えるものはない。

(六) 昭和四六年一〇月二七日、本件建物を含む都営旭町住宅の建替につき説明会が突然開催されたが、原告は建替計画が決まっているので立ち退いてもらいたい旨要求するのみで、入居者からは本件住宅は分譲予定であるのに立退きを迫る理由を問う旨の質問があったが、原告職員は、その問題は後回しにしてくれ、まず移転の話から先に進めると述べ、分譲問題に触れることを避けた。同年一一月二一日に第二回目の説明会が開催されたが、第一回目と同様、分譲問題に関し、原告からは誠意ある説明はなかった。

被告は、原告から再度この問題について説明があるものと信じていたが、説明はなく、原告職員が被告方を訪れ、移転の決心を聞きに来たのみである。

6  確約の法理

原告は、被告の本件建物への入居に際し、将来右建物を被告に分譲する旨確約したので、被告はこれを信頼し昭和二九年九月一九日本件建物に入居するとともに、爾来これを良好な状態に管理し続けてきたものである。したがって、いわゆる「確約の法理」により、右確約に対する被告の信頼は、法的保護に値するものといわねばならない。すなわち、昭和二六年公営住宅法の制定から同三四年の同法の改正までに建設された公営住宅は、入居者の定住を保障し、将来の分譲を予定した一般国民向け公共住宅であった。したがって、当時は、制度的に、一定年数経過後には当該入居者に分譲するというのが原則であり、被告を含む当時の入居者は、原告から、一定年数経過後には公営住宅を居住者に払い下げるとの説明を受け、被告はその確約を信頼し、将来自己の土地、建物となると期待して居住住宅の修繕や街路・外灯等の環境整備の努力をしてきたのである。

ところで、行政主体が自己の将来における作為・不作為を予め約束する意思表示を「行政上の確約」と呼び、行政主体は、この確約に拘束されるものであるから、原告が前述のように本件建物を被告に分譲すると確約した以上、右建物を分譲すべき義務があり、したがって、原告は被告に対し、右建物の明渡しを求めることは許されない。

仮に、原告の確約の撤回が許される場合であるとしても、被告の信頼に対する代償的措置を講ずることなく被告に本件建物の明渡しを求めることは違法である。

7  損害金の根拠の欠如等

(一) 原告の損害金請求のうち、昭和五五年七月一日以降の分については、原告は、同日使用料が増額されたことを理由とし、増額後の使用料額をもとにして請求しているが、増額後の使用料額が損害金であるというためには、増額が有効になされなければならないところ、右増額は次のとおり無効である。

(1) 公営住宅の使用料は、私法上の賃貸借契約の賃料と変わるところはなく、その増額は借家法七条による家賃増額請求に該当し、その効果は一方的に発生するが、それが私法的契約関係である以上、事業主体と居住者との良好な契約関係を形成・維持するためには、事業主体である原告が居住者との協議を尽くし、その意見を聞くことが期待されるにもかかわらず、原告は、使用料の増額に当たって、被告を含む都営住宅居住者と一度も協議を行うことなく、一方的に増額したものであって違法であり、このような重大な手続違反がある以上、原告の使用料増額は無効である。

(2) 固定資産税評価額相当額の六パーセントを公営住宅法一三条三項に規定する地代に相当する額とした公営住宅法施行令四条の四第三項は無効であり、これに基づく使用料の増額も無効である。

すなわち、右政令の規定は固定資産税評価額が現実の地価に比較して、はるかに低額であることを前提として制定されたものであるが、現在においては固定資産税評価額が現実の地価に接近しているのであって、このような事情の変更があるのにかかわらず、前記地代相当額の算定について軽減・調整措置を施さず、右のように算定された地代相当額をそのまま使用料の変更法定限度額算定の基礎として使用するのでは、公営住宅の使用料の変更限度を画する意味がない。

以上のとおり、右政令四条の四第三項の不合理性は明らかであり、居住者の生活を著しく圧迫するものとして公営住宅法一条の目的に反し、憲法二五条に違反するとともに、公営住宅の使用料の変更を原価主義の枠内で行うべきことを前提として、政令に地代の計算方法を委ねた公営住宅法一三条三項にも違反し、無効である。

仮に、同法一三条三項が政令の定める右のような地代の決定方法をそのまま許容するものであるとすれば、同法の規定もまた、憲法二五条に違反し、結局これら無効な政令、法律を根拠とした使用料の増額は無効である。

(3) 原告は昭和五一年にも使用料の増額を行っているが、昭和五五年の使用料増額は、昭和五一年の増額方式とは全く異った方式によっており、政策家賃を基本とし、入居者の適正な負担において設定されるべきものとし、また、住宅の規模、経年及び立地条件の違い等により調整を行うものとするとの考え方に基づいているが、わずか四年間で全く考え方を異にする増額を行っていることは、それ自体その合理性を疑わしめるものであるうえ、昭和五五年の増額は、もともと「家賃の不均衡是正」を理由とするものであるから、他団地との比較や調整要素の選択と評価を行うことが、増額が適正かつ妥当なものであるために不可欠のものといわなければならないにもかかわらず、右の比較等を行わずに増額がなされており、この点からも合理性がない。また、その増額率は消費者物価の動向等に鑑みても、異常に高すぎるものである。更に、被告は入居後一定年数経過後の分譲を予定された入居者で、原告は分譲の基本政策に立って、これまで本件建物について修繕・改良、団地の環境整備を行わず、すべて居住者らにその費用を負担させてきており、これらの事実は増額に当たって考慮すべきであるのに全く考慮されていない。

以上のとおり、昭和五五年の使用料の増額は恣意的になされているから、無効である。

(二) 適正賃料は次のとおりの算出方式によるべきである。

(1) 土地の基礎価格を土地取得造成費に卸売物価指数を乗じた価格とする。

(2) 土地に係る純賃料を土地の基礎価格の二パーセントとする。

(3) 建物に係る純賃料を建物価格の五パーセントとする。

(4) (2)・(3)の純賃料に次の必要経費を加算する(なお、必要経費の構成要素中、管理費・修繕費は、公営住宅の特質及び木造・簡易耐火住宅についての修繕の実績のないこと、将来も修繕しない方針であることから、これらは加算しない。)。

① 減価償却費

建物の推定取得原価に卸売物価指数を乗じた額の耐用年数分の一とする。

② 損害保険料

建物価格の〇・二パーセントとする。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1は争う。

公営住宅法は、第三章の二に規定する公営住宅建替事業(いわゆる法定建替)の場合以外は建替を許さない趣旨ではなく、右法定建替以外の公営住宅の建替(いわゆる任意建替)も是認している。そのことは同法第三章の二の制定経過及び同法が任意建替を明文で禁止していないことから明らかである。

すなわち、昭和三〇年代の終りから、公営住宅の建設地は用地取得難のため市街地から遠隔地化する傾向にあったが、相当以前に建設された公営住宅は、市街地に建設されたものが多く、その大部分は老朽化していた。そのため、老朽化した木造住宅を高層又は中層の公営住宅に建て替えて、それを住宅に困窮する多くの低額所得者に大量に供給することが急務となっていた。ところが、建替事業に関しては、公営住宅法にはなんらの規定もなかったため、条例あるいは借家法一条の二を根拠に建替のための明渡請求をしてきたが、ともすれば事業の円滑な推進が阻害された。そこで、公営住宅法は第三章の二に公営住宅建替事業に関する規定を追加して、建替事業を強制的に実施できるよう建替事業の要件を明確化して、建替事業を容易に推進できるようにしたのである。

したがって、同法第三章の二は、建替事業の要件を明確化することによって強制的に建替事業の推進を図る目的で制定されたものであり、任意建替を認めない趣旨ではないことは明らかである。なお、建設省の通達には、任意建替が許されることを明らかにするもの、あるいはそのことを前提とするものがある。

2  同2は争う。

都営住宅の利用関係は、期間の定めのない借家関係であるから、原則的には賃貸人である原告が、借家法一条の二に規定する正当事由に基づく解約申入れの意思表示によって入居者との借家関係を一方的に終了させることができるのであって、この点において私法上の借家関係と異なるものではない。そして、東京都営住宅条例二〇条一項六号は、それを前提として、借家法一条の二が「自ら使用することを必要とする場合その他正当事由のある場合」と規定したのと同趣旨を、「都営住宅の管理上必要のある場合」と規定したものであって、右規定を無効であると解す理由はない。

なお、被告は同号の恣意的運用によって、入居者の地位が不安定となり、入居者が不利益をうけることを同号が無効であるとする根拠としているが、都営住宅の建替については、建物の耐用年数等を考慮したうえ、慎重に決定されており、制度上同号の恣意的運用はありえず、また、任意建替を実施するに当たっても、法定建替の場合と同様に、代替住宅の提供、移転料の支払、家賃の減額等の措置が講じられており、入居者の地位が不安定となることはない。

3  同3は争う。

東京都営住宅条例二〇条一項六号にいう「管理上必要がある」場合とは、単に一般の借家関係における修繕等の場合に限定されるものではなく、都営住宅を公営住宅法の目的にそうように建て替えるなど法の効率的運用に必要な場合を包含するものである。

4  同4は争う。

5(一)  同5の冒頭の主張は争う。

(二) 同5(一)のうち、当初の建替戸数が二四戸であったこと、その後計画変更により建替戸数が一五戸となったことは認め、その余の事実及び主張は争う。

建替戸数が一五戸に変更されたのは、居住水準の向上(例えば専用面積の拡大等)、日照等の住環境整備のためである。

(三) 同5(二)ないし(五)の事実及び主張は争う。

(四) 同5(六)のうち、昭和四六年一〇月二七日及び同年一一月二一日にそれぞれ本件建物の建替につき説明会が開催されたことは認め、その余の事実及び主張は否認する。

6  同6のうち、被告が昭和二九年九月一九日本件建物に入居したことは認め、原告が被告の本件建物への入居に際し、将来右建物を被告に分譲する旨確約したことは否認し、その余の事実及び主張は争う。

原告が被告に対し、本件建物の分譲を確約したことはなく、被告が本件建物について分譲を受けられると一方的に期待したとしても、それは法的保護に値する権利ないし利益ということはできない。

7  同7(一)、(二)の主張はすべて争う。

第三証拠《省略》

理由

一1  請求原因1(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2の事実は、《証拠省略》を総合すれば、これを認めることができる。

二  そこで、まず東京都営住宅条例二〇条一項六号の趣旨について検討する。

1  公営住宅法は、国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を建設し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とし(同法一条)、公営住宅の建設・管理等について規定する。したがって、公営住宅の使用関係については、右目的にそって特別に立法された公営住宅法の規定がまず適用されるべきである。しかし、公営住宅法には、借家法及び民法の適用を一切排除する趣旨の規定は見当たらず、同法自体が賃貸・家賃・敷金という用語を用いていることからしても、同法に特段の規定のない場合には、借家法及び民法が適用されるものと解するのが相当である。

2  ところで、公営住宅法二五条一項は、事業主体が公営住宅の管理について必要な事項を条例で定めることを認めているが、法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例を制定することは許されない(憲法九四条、地方自治法一四条一項参照)から、公営住宅の使用関係に適用される法令の規定又はその趣旨に反する条例は、その効力を有しないものと解される。

3  これを東京都営住宅条例二〇条一項六号についてみるに、公営住宅法には公営住宅の管理上必要があるときには明渡しを請求しうることを認めた明文の規定も、そのような明渡しを認める趣旨の規定も見当たらない。したがって、東京都営住宅条例二〇条一項六号は、公営住宅法の規定だけでみる限りは、法令の認めていない明渡事由を定めたもので無効ではないかとの疑いがないわけではない。

しかしながら、条例の規定は可能な限り法律と調和しうるように合理的に解釈されるべきであって、この見地から前示の公営住宅の使用関係に適用される法律関係に即しこれと調和しうるように右条例の規定を解釈すれば、東京都営住宅条例二〇条一項六号にいう「知事が都営住宅の管理上必要があると認めたとき」とは、借家法一条の二の「自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ非サレハ……解約ノ申入ヲ為スコトヲ得ス」と同趣旨の規定を、都営住宅の管理者である知事の立場から規定したものであると解するのが相当である。したがって、右規定にいう「管理上必要がある」か否かは、都営住宅管理者と入居者との双方の利害関係、その他社会的・客観的な立場から諸般の事情を考慮し、社会通念に照らし明渡しを認めるのが妥当か否かの見地から考察すべきである。そして、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づき明渡しが認められる場合には、明渡請求をした日から六か月を経過したときに使用関係は終了するものと解すべきである。

以下、右の見地から管理上の必要があるか否かについて、検討する。

三  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  わが国の住宅事情は、戸数の上では量的充足が進展しているものの、東京都における都営住宅に対する需要は高く、昭和五四年及び同五五年の新築都営住宅に対する応募倍率は、平均約三〇倍、最高約三〇〇倍となっており、また、同五七年の新築都営住宅に対する応募倍率は最高約一九〇倍という状況である。

2  ところが、東京都における地価の高騰により用地取得が困難なため、原告においては、昭和三五年ころから老朽化した木造都営住宅を建て替えて、中高層の鉄筋アパートにすることによって、都営住宅の需要に答えるとともに、都市の不燃化、環境整備、居住水準の向上、職住近接を図る方針をとっている。

3  本件建物を含む都営旭町住宅は、東武東上線成増駅の南方約一キロメートルの地点に位置し、第一種住居専用地域である東京都練馬区旭町二丁目四六四番地一の都有地一七三〇・五七平方メートル上にあり、昭和二八年に建設された六棟一二戸からなる木造平家建の都営住宅であった。

4  木造の都営住宅の耐用年数は一般に二〇年とされているところ、原告は都営旭町住宅が耐用年数が残り二年となった昭和四六年に同住宅を建替対象とすることを決定した。

現在同住宅は耐用年数を約一〇年超過している。

5  原告は当初、都営旭町住宅を鉄筋コンクリート造三階建一棟二四戸(一戸の専用面積約三九・六平方メートル)に建て替える計画をたてていたが、昭和五五年五月に鉄筋コンクリート造三階建一棟一五戸(一戸の専用面積約五九・四平方メートル)にすることに計画を変更した(当初の建替戸数は二四戸であったが、その後計画変更により一五戸となったことは当事者間に争いがない。)。

6  原告は昭和四六年一〇月二七日、都営旭町住宅の住民一二名に対し、建替計画に関する第一回説明会を開催し、同年一一月二一日に第二回説明会を開催した(以上の事実は当事者間に争いがない。)。

被告が出席した右二回の説明会で原告は、移転料及び協力費の支払、移転先の提示、使用料減額制度等について説明した。

7  その後、原告は各居住者と住宅の明渡しについて交渉し、昭和四七年に九戸、同四九年に一戸、合計一〇戸の居住者が移転した。

そのうち六戸(三棟)が昭和四七年に除却され、昭和五〇年二月に残る一棟を除去しようとしたが、被告やその他の者の妨害により除却することができず、本件建物を含め三棟が現在除却されずに残っている。

8  原告は被告とも交渉を続けたが、被告が本件建物の払下げをするよう求めて譲らず、原告は被告に対し、昭和五四年四月三日到達の内容証明郵便をもって、仮移転用住宅(練馬春日町五丁目アパート一号棟三〇四、三〇六号室のうち一戸)を提示し、使用料減額制度、移転料等の支払等の説明を加えたうえ、同月一六日までに所定の入居手続をとるよう要請したが、被告は期限までに右手続をとらなかった。

9  そこで、原告は被告に対し、前記認定(一2)のとおり、本件建物の使用許可を取り消し、その明渡しを求めた。

10  前記認定のとおり、三棟の住居が残っているため、原告は都営旭住宅の建替工事に着手することができない。

11  被告は現在無職で、青果物卸業を営む長男夫婦とその子ども三人が同居しており、六人で生活している。

家族六人による生活のため、本件建物に三畳間、六畳間及び風呂場を増築しているが、右増築については原告の許可はうけていない。

被告が本件建物からの移転を拒む主な理由は右建物の払下げを確約されたとすることのほか、家族が多く、広い建物が必要であること、被告が病気(神経痛)であって、階段の昇降に若干の困難を伴うこと及び被告が鉄筋のアパートの生活を好まないことである。

12  原告は、都営住宅の建替のため明渡しに応じた入居者には、その希望により建替後の都営住宅に入居できるよう配慮し、建替までの仮入居先も用意しているのであり、その際家族の多い入居者には都営住宅を二戸割り当てることも考慮されており、これは被告についても例外ではなく、被告が本件建物を明け渡しても、移転先に困ることはない。もっとも、被告が建替後の都営住宅に入居する場合使用料が増額となるが、それについては五年間の使用料減額制度があるほか、収入が非常に低くなった場合には、一般的な使用料減免の制度もあり、本件建物の明渡しにより被告の家族の生計に重大な影響があるとはいえない。

四  前記三で認定した事実によれば、原告において都営旭町住宅を建て替える必要性を十分肯定することができるところ、右住宅の建替工事は、被告を除く他の入居者が移転に応じたにもかかわらず、被告の反対で着工できない状況にある。他方、被告が本件建物の明渡しに応じた場合、被告に対しては、建替後の都営住宅が代替住宅として提供されるほか、右移転に伴う不利益も最少限にとどめるよう配慮されていること、被告が本件建物からの移転を拒む理由を検討しても、その事実が認められないか又は移転を拒む理由として十分なものとは考えがたいこと、以上によれば、被告には本件建物で居住しなければならない必要性が十分あるとは認めることができない。してみると、本件建物の使用関係については、その終了事由である「管理上必要がある」ものと認めるのが相当である。

なお、被告は原告の明渡請求には管理上の必要がないとして、被告の主張5のとおりるる主張するが、右主張事実のうち前記三の認定に反する事実はこれを認めることができず、その他の事実は仮にそのとおり認められるとしても、なお「管理上の必要がある」との右認定を覆すに足りない。

五1  (被告の主張1について)

公営住宅法第三章の二は、従前、同法が公営住宅の建替に関する規定を欠き、そのため公営住宅の建替事業を円滑に施行することができなかったことから、一定の要件を備えた建替事業については、その施行に伴い現に存する公営住宅を除去する必要がある場合に仮住居の提供・移転料の支払等の入居者保護を義務付けたうえ、当然、入居者に対し明渡請求をすることができる旨の規定を設け、強制的に建替事業を実施することができることとし、その促進をはかろうとしたものと解される。しかし、同法が公営住宅建替事業に関する規定を設けたのは、右のような趣旨にとどまるものであって、公営住宅法所定の要件を満たさない建替事業を一切許さないものでありまた建替事業に伴う明渡しは同法所定の手続によらない限り一切許さない趣旨であるとまで解しなければならない根拠は、見いだし難い。公営住宅法によらない建替事業においても、入居者全員が任意に明渡しをすれば建替事業はなんら支障なく施行することができるのであり、また、明渡しを拒否する入居者がある場合でも単に建替事業の施行に伴う公営住宅除去の必要だけでなく、公営住宅管理者と入居者との事情その他諸般の事情を考慮して明渡請求が許される場合があると解するのが相当であり、これによって建替事業を施行することはなんら妨げられないものというべきである。

したがって、被告の主張1は失当である。

2  (被告の主張2について)

東京都営住宅条例二〇条一項六号を無効と解する必要のないことは、前記二説示のとおりである。

したがって、被告の主張2は失当である。

3  (被告の主張3について)

東京都営住宅条例二〇条一項六号の「知事が都営住宅の管理上の必要があると認めたとき」との規定は前記二で説示した趣旨に解されるのであるから「右管理」の意味を被告主張のように限定解釈する必要はない。

したがって、被告の主張3は失当である。

4  (被告の主張6について)

被告は原告が被告に対し、本件建物の分譲を確約した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。もっとも、被告本人尋問の結果中には、被告の都営旭町住宅への入居が決まり、右住宅のうちのどの建物に誰が入居するかを決める抽選会の席上、原告の職員が入居者らに対し、「おめでとうございます。この建物は、五年後にはあなたたちのものになるのであるから、大事に使ってください。」という趣旨のことを述べた旨の供述部分があるが、右供述部分によっては、原告が本件建物の払下げを確約したものとみることはできず、むしろ右の原告職員の言は(仮に、そのように述べたとしても)、当時の原告東京都の施策の方針を述べたにすぎないものと解される。

したがって、被告の主張6はその前提事実を欠くものであるから、採用しがたい。

六1  原告と被告との本件建物の使用関係が、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づき消滅したのは前記説示のとおりであるから、被告は本件建物を原告に明け渡さなければならない。

2  また、同条例一八条二項に基づき、被告は別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、本件建物の敷地を明け渡す義務があると解される。

七1  そこで損害金等について検討する。

本件建物の明渡義務不履行に基づく損害金については、右建物の一般市場における適正な賃料額をもって相当とすべきであると解されるところ、原告は、本件建物の規定使用料及び付加使用料の合計額の限度で損害金の請求をしているものと解される。

ところで、公営住宅の使用料は、公営住宅法一条に掲げられた目的にそい、特に低廉な使用料とするために、当該公営住宅の工事費から、国の補助にかかる費用(第二種公営住宅についてその三分の二)を除いたものを、木造住宅の場合には二〇年という極めて長期の償却期間に年利六分で毎年元利均等に償却するものとして算出した額に修繕費、管理事務費、損害保険料及び地代相当額を加えたものの月割額を限度に事業主体が決定することとなっており(公営住宅法一二条、同法施行令四条)、右使用料には民間の借家の場合には加算される固定資産税や空室引当金等が含まれていないうえ、償却期間も極めて長いので、その使用料は民間借家の家賃に比べると極めて低廉というべきである。更に、その使用料を変更する場合には、右使用料を基礎に建築物価の変動を考慮して定めた額を限度として事業主体が条例で変更することとなっており(公営住宅法一三条、同法施行令四条の四)、その変更後の使用料も民間の借家の家賃に比べると低廉というべきである。そして、民間の借家の家賃と公営住宅使用料との差額は、実質的には事業主体たる地方公共団体が住宅に困窮する低額所得者に付与する経済的援助であると考えられるところ、入居者の収入が増加した場合に付加使用料(割増賃料)規定に従い、援助を削減する手段として入居者に付加使用料を課することはあるけれども、これを課したとしても、第二種公営住宅においては、最少限で使用料の〇・八倍の付加使用料が加算される程度であって、使用料と付加使用料の合算額はなお民間の借家の賃料に比して低廉であると考えられる。

したがって、被告が支払うべき適正賃料相当の損害金額は、後記認定の規定使用料及び付加使用料の合算額を下回らないものというべきである。

2  そこで使用料等について検討する。

本件建物の使用料が従来(昭和五四年一一月三〇日以前)、月額金七〇五〇円(規定使用料月額金四七〇〇円、付加使用料月額金二三五〇円)であること、右建物の使用料納入期限が毎月末日と定められていることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

(一)  本件建物の規定使用料は、昭和五一年一二月一日以降同五五年六月三〇日までは一か月金四七〇〇円、同年七月一日以降は一か月金七七〇〇円である。

(二)  被告は第二種公営住宅である本件建物に引き続き三年以上入居しているところ、被告の同居親族の昭和五三年の年収は長男正明が金一五三万円、その妻が金九七万円であり、公営住宅法施行令一条三号(昭和五四年政令第二八三号による改正前の同号を含む。)にいう「収入」は、別表収入認定月額欄記載のとおりとなる。

そして右認定事実に基づいて、公営住宅法二一条の二第二項、東京都営住宅条例一九条の三(昭和五五年条例第五四号による改正前の同条の三を含む。)により付加使用料を算出すると別表記載のとおりとなる。

3  (被告の主張7について)

公営住宅の使用料(規定使用料及び付加使用料)は、前記のとおり適正賃料額を下回るものであるから、使用料の増額が被告の主張するような意味で有効か無効かは損害金についての判断に消長を来すものではない。

また本件建物の適正賃料額を被告主張のような算定方式によって算定しなければならないものとする根拠はない。

したがって、被告の主張7は採用の限りではない。

4  よって、被告は原告に対し昭和五四年一二月一日から同五五年三月三一日までは一か月金五一七〇円、同年四月一日から同年六月三〇日までは一か月金四九三〇円、同年七月一日から同年一一月三〇日までは一か月金九二四〇円、同年一二月一日以降一か月金七七〇〇円の各使用料(規定使用料及び付加使用料)相当の損害金を支払う義務がある。

5  本件建物につき、昭和五一年一二月分の規定使用料金四七〇〇円並びに同五四年一一月分の規定使用料及び付加使用料合計金七〇五〇円の納入期限が経過していることは明らかであるから、被告は原告に対し、右各使用料合計金一万一七五〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年七月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

八  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告に対する本訴請求は、すべて理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡崎彰夫 裁判官 高橋隆一 竹内純一)

〈以下省略〉

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